スタチンは本当に危険?誤解と正しい理解

最近、YouTubeや週刊誌、インターネット上で「スタチンは危ない」「副作用が多い」「コレステロールは気にしなくてよい」といった情報を目にした、という声を患者さんからよくいただきます。

実際にこういった情報に触れると、「本当にこの薬を飲み続けていいのか?」と不安になってしまうのも当然のことと思います。今日は、スタチンについて医学的な観点から正しい情報をお伝えするとともに、当院でのスタチン処方の判断基準についてもご説明いたします。


スタチンとは?なぜ処方されるのか

スタチンは、LDLコレステロール(いわゆる“悪玉コレステロール”)を下げる薬です。動脈硬化の進行を防ぎ、心筋梗塞や脳梗塞などの重大な心血管イベントを減らすことが、多くの研究で証明されています

特に以下のような方には、再発予防として非常に強く推奨されています:

  • 心筋梗塞・狭心症を起こした方
  • 脳梗塞の既往がある方
  • 糖尿病や慢性腎臓病のある方
  • 高リスクの高血圧や脂質異常症

食事療法は重要だが限界もある

LDLコレステロールの管理には、まずは食生活の見直しが基本となります。特に、飽和脂肪酸やトランス脂肪酸を減らし、野菜・魚・水溶性食物繊維を増やすことは、健康な血管を保つためにも重要です。

ただし、LDLコレステロールは肝臓での合成が大きく影響しており、体質(遺伝要因)による部分も多いため、食事だけで十分に下げることができないケースが大半です

実際、「食事を気をつけているのにあまり下がらない」という方は少なくありません。

また、食事療法で期待できるLDLの低下幅は10~15%前後とされており、目標値(100mg/dL以下など)に到達するには、薬物療法の併用が必要になることも多いのです。

当院では「必要な方にのみ」スタチンを処方しています

インターネット上では「病院に行くとすぐ薬を出される」「スタチンは皆に出されている」といった意見も見られますが、当院では“スタチンは誰にでも処方すべき薬ではない”と考えています。

当院では以下のようなステップで、科学的なリスク評価に基づいてスタチンの適応を判断しています:

✔ 久山町研究に基づく心血管リスクスコアの活用

日本人の疫学データに基づいた「久山町スタディ」によるリスクスコアを使用し、

  • 今後10年間の心筋梗塞や脳卒中のリスクを予測し、
  • そのリスクが中等度以上と判定された方にのみスタチンの使用を検討します。

✔ 日本動脈硬化学会のガイドラインに準拠

2022年版ガイドラインに準じ、LDL-C値だけではなく、リスク因子(年齢・性別・血圧・喫煙歴・糖尿病など)を総合的に判断します。

✔ 生活習慣改善を第一に

まずは食事・運動・体重管理など、生活習慣の改善に取り組み、それでもリスクが高い、あるいは改善が難しい場合に初めてスタチンの処方を提案します。

コレステロールの「累積リスク」とは?

コレステロールが血管に与える影響は、「一時的に高いかどうか」よりも、高い状態が“どれだけ長く続いたか”が重要とされています。

これは「LDLコレステロールの暴露量(exposure)」や「累積LDL負荷(cumulative LDL burden)」といった考え方で、最近の動脈硬化研究でも注目されています。

たとえば…

  • 20代や30代でLDLが高い状態が続いていた人は、
  • 50代で同じ値の人よりも、将来の心筋梗塞や脳梗塞のリスクが大きくなることがわかっています。

つまり、「まだ症状もないし、若いからいいや」と放置していると、知らない間に血管の中でじわじわと動脈硬化が進んでしまう可能性があるのです。

このため、リスクが高いと評価された方に早めに介入することは、将来の重い病気を防ぐ上でとても有効です

治療の「中止」は難しいことも

高血圧などとは異なり、LDLコレステロールに関しては“治療をやめてよい”状況になることは少ないのが現実です。

これは、LDL高値の背景に遺伝や代謝異常がある場合が多く、薬をやめるとすぐに元に戻ってしまうためです。また、LDLが高くても自覚症状が出ないため、放置されて動脈硬化が進んでしまうリスクもあります。

そのため、スタチン治療は「症状があるから飲む」のではなく、「将来の心筋梗塞や脳卒中を防ぐために、無症状のうちから長く続ける治療」として位置づけられています。

なぜスタチンは批判されるのか?

最近では、SNSや動画サイト、書籍などでスタチンに否定的な意見が目立つようになりました。その背景には以下のような要因があります:

1. 「薬に頼らず治したい」という思い

薬を使わずに、自然な方法(食事・運動)で改善したいという思いは多くの方に共通するものです。スタチンのように長期的に使う薬には、「一生飲み続けるの?」という不安もあります。

2. 副作用への過剰な不安

確かにスタチンにも副作用はあります。代表的なものは筋肉痛、肝機能異常、まれに糖尿病リスクの上昇などですが、多くは軽度で、一部は血液検査などで早期に発見・対処できます。 ただしインターネットでは「スタチンで筋肉がボロボロに…」といった誇張された体験談が拡散されており、実際以上に恐れられてしまっているのが現状です。

3. 医療不信や陰謀論の影響

「製薬会社の陰謀で薬を売りつけている」「医師が真実を教えていない」といった医療不信の声も、ネット上では少なくありません。情報の出どころが明確でないものや、極端な主張には注意が必要です。


実際のスタチンの効果は?

これまでに世界中で多数の臨床試験が行われており、スタチンを服用することで心筋梗塞や脳梗塞などのリスクが20〜30%程度減少することが明らかになっています

また、「どれだけの人が飲めば効果が出るのか」を示す「NNT(治療必要数)」はおおよそ50前後。これは医療介入としてはとても良好な数字です。

たとえば、

  • 100人の高リスク患者にスタチンを5年間服用してもらえば、
  • そのうち約2〜3人の命を救うことができるというイメージです。

副作用への対応

副作用が心配な方には、まず低用量から始めることも可能です。また、定期的な血液検査で肝機能や筋肉の状態を確認しながら、安全に使っていくことができます。

また、体質に合わない場合は薬の種類を変更したり、中止を検討することもできます。


正しい情報をもとに判断しましょう

SNSや動画などで目にする医療情報の中には、根拠の弱いもの、極端な意見、あるいは個人の体験に基づく話が多く混ざっています。医学的には、多くの研究やガイドラインに基づいて判断することがとても大切です。

迷いや不安があれば、遠慮なくご相談ください。皆さんの健康を守るために必要な情報は、私たちが責任を持ってお伝えします。


最後に

「薬を飲みたくない」という気持ちは、ごく自然なものです。しかし、それによって命に関わる病気の予防ができなくなるのは非常にもったいないことです。

スタチンを正しく使えば、未来の心筋梗塞や脳梗塞を防ぐことができます。薬は「悪」ではなく、正しく使えば「盾」になります。

正しい知識を持って、ご自身の健康を守る選択を一緒にしていきましょう。